南極探検記

2匹のペンギンが喋ったりTwitterしたりYouTubeしたりしてます。

ペンギンの赤ちゃんは噴出口

こんにちは、茶色のペンギンの中の人です。

時はコロナの猛威に振るわれている5月1日。

段ボール箱に入ったペンギンの赤ちゃんを捕獲しました。

友人に飼ってみたらどうかとすすめられたのがきっかけです。

コロナの影響で、仕事は休業、外出も制限、

家ではだらだらとNetflixYoutubeを見るばかり、

学生の時から親しくしている友人と「zoom飲み」をした際に

ひょんなことからペンギンのぬいぐるみの話になって、家に届いたというわけです。

 

成人男性のただのワンルームの部屋に「存在」が1増えました。なんかうれしい。

友人に捕獲したことを報告すると「名前なんていうの?」と、

少しだけ考えて、恐縮にも大好きな芸術家である岡本太郎から

「岡本」という名前を取らせていただきました。

 

岡本と過ごして2ヶ月ほど経ち、岡本は噴出口だと気づきました。

岡本はペットでありモデルであり噴出口。

僕のベッドで寝て、写真の被写体になり、そして噴き出しています。

(噴出口の説明は後ほど)

 

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寝ている岡本

岡本太郎の著書ににこのような一説があります。

 

たとえばプロ野球をみにいく。結構な楽しみです。いいチャンスに、ホームランがでる、また、すばらしいファイン・プレー。

みんな大喜びです。胸がスーッとします。だがそれがあなたの生きがいでしょうか。

あなたの本質とはまったくかかわりない。そのホームランのために指一つ動かしたわけじゃないーー(略)ーー

ただの見物人にであるに過ぎないのです。ーー(略)ーーけっきょく「自分」は不在になってしまう。空しさは、自分では気付いていなくても、カスのようにあなたの心の底にたまっていきます。

 

岡本太郎「今日の芸術」

 

 

なるほど、Netflixをみて感動しても、その感動自体に自分が何かしたわけでない。自分は不在なのです。

岡本がきてから、遊んでる岡本が撮りたい、岡本にアフレコしたい、ストップモーションやりたい。と、なにかやりたいという気持ちがでてきました。

 

なぜやりたいのか明確な理由はなく腹の底に溜まっていたガスが「プシューッ」と噴き出てくるような感覚です。

岡本の存在が僕のガスを噴き出してくれています。

 

コロナより前は常に見物人の立ち位置でした。

仕事をしていても、クライアントがいてその依頼を受けるという構図

自分の表現でアウトプットをしているつもりでも、自分の内側から出てくるものではありませんでした。

 

奇しくも、コロナによって自覚することができました。そして岡本によって、

岡本を家に招きいれるきっかけになった友人に感謝です。

 

いまその友人とやっている「ごまと岡本」というyoutubeチャンネルは

ペンギンの同じ赤ちゃんである「ごま」と作っています。(白黒のがごまで茶色のが岡本)

https://www.youtube.com/watch?v=My6fan2ZUsM&t=37s

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ごまと岡本「ぎっくり腰のはなし」

 

動画を見続ける生活もいいけれど、動画をあげてみるのも良いかもしれない。

動画の編集はたいへんだけれど、締め切りを自分たちで作って、生活にリズムができるのもいいかもしれない。

 

チャンネル登録者も少ないけれど、登録者の数字が1増えるとうれしい。

3ヶ月前には想像できていなかった生活がいまここにあって、自分が死んでないことを確認しています。